【チ。感想】12歳の少年に人生の核心を突かれた話|ネタバレあり

インプット記録

先日、『チ。―地球の運動について―』という漫画をすべて読み終わりました。とても有名な漫画ですし、アニメ化もされているので知っている人も多いと思います。私は存在は知っていたものの、なかなか読む機会がなく、やっと今になってすべてを読むことができました。

結論から言うと、号泣しました。そして人生と死について、ひとしきり本気で考えてしまいました。たかが漫画を読んだだけで、と思う人もいるかもしれませんが、私はそれくらい漫画を読むことが好きなので仕方ないのです。(笑)

『チ。』ってどんな漫画?

この漫画は、15世紀のヨーロッパを舞台に、地動説(太陽を中心に地球が動いているという考え方)を命がけで研究した人たちの物語です。魚豊(うおと)さんが描いたこの作品、フルタイトルは『チ。―地球の運動について―』。そのタイトルの意味が、読み終えたあとにじわじわ沁みてくるのがまたいいんです。

当時、地動説は「C教(キリスト教がモデル)」の教義に反する異端思想とされており、研究しているだけで拷問を受けたり、火あぶりにされたりする時代でした。そんな時代に、なぜ人々は命を危険に晒してまで真理を追い求めたのか。その問いが作品全体を貫いています。

構成は一人の主人公が最初から最後まで引っ張るのではなく、章ごとに主人公が交代していくリレー形式になっています。一人ひとりが前の人から「地動説の研究」というバトンを受け取り、命をかけて次の世代へと渡していく——そのリレーの積み重なりが、この作品の最大の感動だと思います。

12歳の少年が語った「感動と寿命」の話

この漫画の最初の主人公は、ラファウという12歳の少年です。孤児でありながら12歳で大学に合格してしまうほどの神童で、内心では「人生チョロい」と思っているような、ちょっと生意気な(でも憎めない)キャラクターです。(笑)そんな彼が、地動説の美しさに出会ったことで人生を一変させてしまうのです。

彼が作中で語っていた言葉が、私の心に深く刺さりました。要約するとこういうことです——「感動」というのは、自分の寿命の長さよりも大事なものかもしれない、と。

この言葉、すごくないですか。12歳ですよ? 私は大人になってからこの漫画を読んで、12歳の少年に人生の核心を突かれた気がして、ちょっと恥ずかしくなりました。(笑)

人生を「線」ではなく「点」で捉えること

ラファウの言葉を聞いて私が考えたのは、人生って「線」じゃなくて「点」で捉えられるんじゃないかということです。どれだけ長く生きたかという「線の長さ」よりも、人生の一瞬一瞬に何かを感じ、学び、感動できているかという「点の充実度」の方がずっと大切なのかもしれない、と。

長く生きることそのものよりも、その一瞬一瞬が満たされていること——それがラファウが命を賭けてまで伝えようとしたことのように感じました。

また彼はその「感動」のことを「愛」とも表現していました。自分の命よりも大切でかけがえないと感じられるものを「愛」と呼ぶ、という定義です。それが自分の研究してきたことだというのが、なんというかすごくロマンチックで、情熱的だなと思います。私は号泣しました。(何度目)

勉強って、本来は楽しいものであるはずなのに

この漫画を読んで改めて思ったのが、本来、何かを知りたいと思う気持ちというのはとても楽しいものだということです。ラファウたちは命の危険を冒してまで「知りたい」という欲を抑えられなかった。それほどまでに、知ることは人を動かす力を持っている。

でも学校で教わる勉強って、テストのために覚えるものが多くて、その純粋な「知りたい」という喜びとは少し遠い気がします。知りたいという欲求を持つことがどれほど尊いことか——それをこの漫画は改めて教えてくれました。

一方で作中には、人々の「知りたい」という欲求を宗教によって封じ込めてきた歴史も描かれていて、少し悲しい気持ちにもなりましたが。

自分が死ぬときに、何かを後に残せるだろうか

作中には、自らの死を選んだ登場人物が何人もいます。その理由のひとつが、自分が感じた感動と知識を、死によって後世の人々へ繋いでいけるという信念でした。自分の命よりも、その感動を次の世代に渡すことの方が意味があると信じていたのです。

私はこんなに発展した社会に生まれて、先人たちが残してきた知識を享受しながら生きています。では私が死ぬ時に、自分自身が何か残せるものがあるのだろうか——そう考えてしまいました。

少し話がずれるかもしれませんが、もし自分の子供を育て、自分が人生で学んだことをその子たちに伝えられたなら、それも「後世に残す」ことのひとつになるかもしれないなとふと思いました。子供に自分の考えを押しつけるのも違う気もしますが。(笑)現在子供がいない私は、子供がいてもいなくてもどちらでもいいと思っていましたが、「後世に何かを残す」という観点で考えると、それもひとつの選択肢として改めて頭に浮かんできました。

このブログも、ひとつの記録として

そういう意味では、このブログもある種の記録なのかもしれません。誰かに読んでほしいというよりも、自分が何を学び、何を考え、どのような人生を歩んできたかを残しておくこと。もし自分が死ぬ時に読み返せたなら、自分が人生を必死に生きていたというリマインドになる気がして、それはそれで少し楽な気持ちで死ねるかもしれないなと思うのです。

恥ずかしい過去や黒歴史だって、全部ひっくるめて自分の経験値です。若かった頃の自分が何を考えていたか、臆さずに記録していくのは悪いことじゃないと思っています。(見せたくないものは見せなければいいですしね。笑)

ラストシーンが伝えていること——すべての始まりは「?」から

ラストは人によっては「あっけない」と感じるかもしれません。私も最初はそう思いました。でも読み終えてから、ああ、これは「疑問を持つこと」が最も大切だというメッセージなんだと気づきました。

何かに疑問を持つこと。それが知りたいという欲になり、自分で調べ、学ぶことへと繋がっていく。「?」こそがすべての始まりであり、そしてそれはまた終わりなく続いていく——だからこそあのラストなのだと、私は解釈しています。本当にこの著者は天才だと思います。(笑)

ちなみにこの漫画、基本的に各章で主人公が変わるリレー形式で描かれています。私が特に好きなのはやはり最初のラファウの章です。「人生チョロい」と思っていた12歳の神童が、たった一度の感動に出会ったことで人生ごと変わってしまった——その鮮烈な変化が、作品全体のトーンを決めていると思います。歴史的背景も学べますし、さまざまな人物の思想や信念、宗教観にも触れられる、本当に何度でも読み返したい漫画です。

まとめ:「?」を持つことが、生きるということかもしれない

単調な毎日をただこなしている自分に気づいたとき、何かひとつ「あれ、なんでだろう?」と疑問を持ってみてください。そこから学びが始まり、感動が生まれ、人生の「点」が輝き始めるのだと思います。私はそう信じています。

そのことを教えてくれたのが、15世紀に命がけで空を見上げた人たちの物語でした。

気になった人は、ぜひ読んでみてください。アニメもNHKで放送されていたので、そちらから入るのもおすすめです。

……さて、この記事を書き終えた私は、「後世に感動を残す」というラファウの精神に倣ってブログを更新しました。命はかけていませんが、多少の睡眠は犠牲にしました。これもまた、ひとつの「点」ということにしておきます。(笑)

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